駅に着くと、竹下以外の3人はスコカでそのまま改札を通って行った。
一方、スコカを持っていない竹下だけは切符売り場へと向かう。
竹下は牛丼屋での出来事でなんだか自分が可笑しな人と思われた事に気がついていた。
しかし、竹下には何故可笑しいと自分が思われているのかは分かっていなかった。
―どうしてだろう。僕、何か可笑しな事を言ってしまったのかな。でもまあ、空気が変わるのはいつもの事だし。気にしない、気にしない。
竹下は小銭を機械に入れ、ボタンを押した。
切符が出てくるのを待っている一瞬に、中年女性の声と一緒に小銭が散らばる音が聞こえてくる。
竹下が見ると、想像した通り、恰幅のいい中年女性がぶつくさ言いながら、小銭を床に散りばめていた。
その内の一つが竹下の足元に転がってきた。
竹下は反射的に足で踏みつけて10円玉を止めた。
床に硬貨が打ち付けられる短い音がする。
「ちょっと、あなた。ねこばばする気」
おばさんが屈んでその他の小銭を拾い集めながら、竹下を睨んでいる。
「いえ、違います。転がってきたので、止めようと思って」
「嘘よ。靴で隠したでしょ。私を騙そうなんて100年早いわよ」
おばさんはただでさえつり上がった目尻をさらにつり上げ、泥棒を見る目で竹下を見ている。
竹下は困ってしまって、駅員を呼ぼうかどうか悩んでいた。
その頃、兵藤達はホームで竹下を待っていた。
「あいつ、遅いな。切符買うだけだろ。もう電車来るぞ」
兵藤はホームに迫ってくるヘッドライトの光を見つけ、竹下を気にしている。
「たしかに、遅いな。まあ、子供じゃないんだから、来なくても、別に待つ必要はないだろ。帰るだけだからな」
田中もライトの光を見る。
「…」 佐藤は何も言わなかった。
3人とも程度に差はあるが、味方を置いてきぼりにするかのような罪の意識を感じていた。
しかし、電車は時間と同じように勝手に進んでいく。
ホームに電車が入ってきた。
扉が開く。
まず、田中が乗り込む。
そして、兵藤が続く。 佐藤は少し躊躇したが、結局乗り込んだ。
発車の合図が鳴り響く。
3人は改札へと続く階段を無言で、見つめていた。
竹下は3人の事などすっかり頭の中から消えていた。
現状をどう乗り切るか、それだけだった。
周囲の人はこちらを一瞥するだけでそそくさと改札へ向かっていく。
「どうかされましたか」 そこに、男が声をかけてきた。
見知らぬ男だ。
竹下は事情を説明する。
「あなたには関係ないでしょ。引っ込んでなさいよ」
おばさんは敵が増えたと思ったのか激昂している。
「事情は伺いました。たかが、10円玉1つでずいぶんな言われ様ですね。言われ無き侮辱や名誉毀損は刑法230条、231条により、罪になりますよ」
男はおばさんの目を見ながら、ゆっくりとした口調で話す。
「…」 あまり知らない法律を持ち出された事で、おばさんは萎縮していた。
目をそらす。
「…10円玉」
おばさんが竹下の足元を見ると確かに10円玉だった。
「まぎらわしい真似をするんじゃないわよ」
500円玉を想像していたおばさんは、恥ずかしくなったのか捨て台詞を吐いて去っていった。
「助かりました」
竹下は遠ざかっていくおばさんの肉付きのいい背中を見ながら、一息吐いた。
「いえいえ。全く、日本は法治国家のはずなのに、こんな状況じゃあ、放っておく方の放置国家ですね。困っている人を誰も助けようとしないなんて」
男はそんな事をさらりと話す。
「竹下と言います。良かったらお名前だけでも教えてくれませんか」
竹下の問いに男は答えを返す。
「知っています」
「ええ、どうして僕の事を知っているんですか」
竹下は驚いた。
「古森さんをご存知ですよね」
「超常現象研究サークルのですか」
「そうそう。彼女に埋蔵金の事で頼まれましてね。探しておりました」
「へえ、古森さんもやっぱり分かってくれたんだ」
竹下は自分の窮地を助けてくれた事で、見ず知らずの男の言葉をすぐに信用していた。
「じゃあ、詳しいお話を伺いたいので、場所を変えましょうか」
「…はい」
竹下のあたまの中に一瞬、兵藤達が浮かんだ。
しかし、もう行ってしまっただろうと思い、男に着いていく事にした。
2人は連れ立って、そのまま夜の街角へと消えていった。
兵藤はアパートへ辿り着き、いつも考え事をする時と同じように、ベッドの上で寝転がっていた。
お題は今日の出来事について。
兵藤は何故、古森の言う事を無条件に信じてしまったのかが、どうしても分からなかった。
墓が近くにある事なんて、事前に住所を教えているので、調べる事は出来るし、言った事はほとんど誘導尋問のような事ばかりだ。
果たして、古森の言う事を信用しても良いモノなのか。
ただ、古森が悪人とは思えない。
だけど、人は見かけによらないとも言う。
どっちが正しいのか。
裏の裏は表だ。
考えれば考えるほどに、迷宮の深みへとはまっていく。
兵藤はその件について、考える事をやめた。
次に思い出した事は山本の事だ。
自分の部屋の隅で取っていたポーズを思い出すと、つい嬉しくなって、笑っていた。
兵藤はパッケージの娘と別れて以来、遊びで付き合う女はいたが、彼女にしたいと思う女はほとんどいなかった。
―俺は今、久々に恋をしている。だが、果たして脈はあるのだろうか。昔なら玉砕出来た。だが、恋の辛さを知れば知るほどに恋愛に対して臆病になるのもまた道理であろう。
兵藤はこの件についても考えるのを止めた。
最後に、何故かホームレスの眼鏡の事を思い出した。