「会いたい人」
兵藤はなんだか湿っぽい話になるような気がした。
予感は悪い方にばかり良く当たる。
「ええ、僕には友人がいたんです」
竹下は遠い目をして、店員のお姉さんを見ている。
「もしかして、あの店員さんにそっくりなのか」
―小柄だがまあまあの美人だ。まさか、亡くなったとか。だとしたら、俺は引くよ。だって、どうしようもないから。地雷探知機を装備するのを忘れていたよ。助けてくれ、田中と佐藤。
兵藤の心の叫びは2人には届かなかった。2人はもくもくと食べている。
沈痛な面持ちで竹下は兵藤の後ろの辺りに視線を移した。
「いえ、その人は…」
「嫌なら無理に話さなくていいぞ」
兵藤は慌てて話を遮る。
―というか、俺が嫌だ。
兵藤の空気を読むことなく、竹下は話を続ける。
「その人は富士の樹海で…」
―樹海ですか。そうですか。樹の海って字はロマンチックなのに、どうして気持ち悪くなるのだろう。先生、教えてください。
兵藤は田中と佐藤の様子を見る。
食べる動作がいつもより、ぎこちない。
こっちの話題が重そうな事に感づいて、あえてスルーしているようだ。
「…徳川埋蔵金を探していたんです」
「埋蔵金」
3人が声を合わせて叫ぶ。
他の客が迷惑そうな顔でこちらに注目していた。
3人は声を落とす。
「My雑巾って、自分の雑巾じゃないよな」
兵藤は自分の想像から大きくかけ離れていたため、見当違いの質問をする。
「徳川舞って子の雑巾かもよ」田中も兵藤に乗ってきた。
「ええと…」佐藤は山手線ゲームに負けた人のようになる。
「隠された金です」竹下は事も無げに言う。
それを聞いて何を思ったのか、田中の手が動く。
佐藤はいきなり動いた田中の右手を目で追って股間へと辿り着き、困っている。
「それで、どうなった」
兵藤はそう言うと、獲物を狙う狼のように目をぎらつかせている。
「なくなりました」
「え、誰かに埋蔵金取られたのか」
「いえ、埋蔵金を探していた人が亡くなってしまわれて」
竹下の言葉が兵藤の胸を貫く。
兵藤はとりあえず田中の顔を見た。
田中も兵藤の顔を見た。
2人はまるで時間が止まったかのように無言で、そして、ダンスをしている恋人同士のようにいつまでも見つめ合っていた。
「…それはお気の毒に」
佐藤が果敢にも一人で現実に立ち向かっている。
2人は発言した佐藤を見つめる事にした。
ここで補足説明。会議などで発言者を見ている人は多い。だが、その多くは話を真摯に聞くためというよりは、司会者と目線を合わせないようにする事で自分が当てられないようにしているのだ。 これは、目を合わせると襲ってくるゴリラの習性から編み出された方法で、生真面目の仮面を被った怠け者(優秀な人)が良く用いる高等テクニックの1つだ。
「まあ、かなり昔の事ですから」
竹下は心配そうな声を出す佐藤に優しく微笑んだ。
―なんだ、昔かよ。じゃあ、そんなに気にする事もないか。
兵藤は高みの見物から事件の起きている現場へと戻ってきた。
「でも、なんで亡くなったんだ。やっぱり樹海で迷ったとか」
兵藤は埋蔵金の方を聞きたかったのだが、竹下の気持ちに配慮する。
「樹海で迷ったわけじゃなくて、亡くなったのは病気が原因です」
「え、じゃあ会いたいも何も、会えるわけがないだろう」
兵藤は不思議に思った。
遺体を見つけたいのかと思ったが、そういう事ではなさそうだ。
竹下は言葉通り、会いたいと言っているようだった。
しかし、亡くなった人に会えるわけがない。
「僕もそう思います」
「だったら…」
「だから、超常現象…山さんですよ」
「そういえば、竹下が山さんに入った理由だったな」
兵藤はこの頃になると、最初の目的をすっかり忘れていた。
「なるほど。って。何が」
田中が分かったような気になったが、やっぱり分かっていなかった。
「つまり、話をまとめると超常現象研究サークル、略して山さんに入れば亡くなった人と会えるという事になりますね」
佐藤が冷静に状況を分析した。
「ちょっと違いますね。会えるというより、会えるかもしれないと思ったんですよ」
竹下が駄目だしをする。
「霊を呼び出せると思ったのか」
「ええ、凄い霊能力者がいるって山本さんが言っていたので。でも、古森さんに頼んだら断られました」
竹下が落ち込んでいるように見える。
「俺には親切というか、親切でもないが、古森は俺のために、今日来てくれたのにな。あいつが断るのか」
「ええ、残念ながら駄目でした。私利私欲のためには協力出来ないって」
「ええと、お前は何でその人に会いたいの」
田中が何かに気がついたようだ。怪訝そうな顔をしている。
「もちろん、埋蔵金を見つけるためですよ」
「でも、その人は発見していないのだろ」
兵藤は疑問に思った。
「発見していないですね」
「じゃあ、駄目だろ」兵藤は竹下をあざ笑った。
「何というか、その人はきっと埋蔵金が心残りで成仏していないと思います。幽霊となった今ならどこにあるかすぐに分かるのに、って絶対思っていますよ。だから、僕が代わりに埋蔵金を発見して、発見者にその人の名前をつけてあげたいのです」
「え。…埋蔵金はどうするんですか」
佐藤が不思議に思った。
「当然、僕がもらいますよ」
「なんだ、そりゃ。幽霊に祟られるのがオチじゃないのか」
「いえ、彼は発見する事にロマンを抱く人で、見つけたお金にはあまり興味を持たない性格です。だから、彼が発見したという事にすれば、彼は成仏出来るし、僕も埋蔵金を手にいれる事が出来ます。彼と僕は、お互いにとってのベストパートナーですよ」
「古森が協力した場合はどうなる」
兵藤は気になった。
「古森さんにも報酬をお支払いすると言ったんですが、要らないと言われて。だから、じゃあお金払わないからお願いしますって言ったら私利私欲のためには協力しないと断られました」
竹下は臆面を見せる事も無くそう言った。
「…」
3人はあまりの事に黙り込んだ。
「どうしてなんですかね。誰も損しないのに。困っている人を助けてくれてもいいモノですけどね」
竹下はスイッチが切れないのかずっと話を続けている。
「だから、山さんに入って親しくなったら改めて頼もうかと。皆さん、聞いていますか」
兵藤は何を言って良いか混乱していた。
田中は取らぬ狸の皮算用という言葉を教えてやりたかった。
佐藤は絵に描いた餅という言葉を教えてやりたかった。
だが、結局彼らは何も教えてあげなかった。
―竹下よ。お前の前途にはいくつもの壁が立ちふさがるであろう。しかし、お前なら大丈夫だ。根拠はないけど、そんな気がします。
兵藤は混乱したままの頭でそんな事を考えていた。
「ちょっと長居しすぎたみたいだな」
話を切り上げるために、兵藤は話題を変えた。
実際、店員はローテーションが変わる前に代金を徴収したがっているような気がした。
「そうだな。そろそろ、出ようぜ」田中も頷く。
「そうしましょうか」佐藤は財布から500円玉を取り出した。
竹下は少し腑に落ちない表情で席を立った。