7義理と人情


兵藤は牛丼を食っていた。佐藤、田中、竹下も一緒だ。

―何でこいつらと牛丼食っているのだろう。

先刻の出来事が兵藤の脳裏に蘇る。

「なあ、そろそろ夕飯だろ。親睦を深めるために、皆で飯食わないか」

兵藤の提案に竹下が嬉しそうに答えた。

「そうですね。僕はあんまり兵藤君の事知らないから、一緒に行きたいな」

凡人なら男が誘いに乗った事で嫌な顔をするが、雑誌で女性の口説き方を学んだ兵藤は一味違う。

―よし。将を射るにはまず馬からだ。これで、山本も誘いに応じやすくなったはずだ。

期待が高まる。ここで古森が一言。

「あなた、バカですか。この姿で食事に行けるわけがないでしょう」

亀井が予想していたかのように笑ったが、兵藤は意外だった。

「え。…普段着じゃないのか」

「…」

古森に睨まれた。

どうやら、本人も巫女姿で町を歩くのは恥ずかしいらしい。

だが、兵藤の狙いは山本にありけり。

「…山本はどうする」

「古森さんを送っていくわ」

―なんとなく、そんな予感がしたんだ。

兵藤の心の隙間に一陣の風が吹きぬけた。

田中がにやりと笑う。

「俺は行くよ」

「じゃあ、僕も」

佐藤も田中につられたのか、遠慮がちに笑った。

「俺は遠慮しとくよ」

亀井は大きく背伸びしながらやる気なさそうにそう言った。

―こいつ、ちゃっかり山本と古森についていくんじゃ。ああ、俺もそっちに行きたい。しかし、言い出しっぺがこいつらを見捨てるわけにもいかない。

兵藤は義理と人情の板ばさみにあった。

―おのれ。くちおしや。俺の体が2つあれば良いものを。

やりきれない思いが溢れ出す。

しかし、現実は残酷だ。

「じゃあ、私たちはこれで。竹下君をよろしくね」

兵藤が現実逃避をしている間に、山本達は帰っていった。

兵藤はその場でのたうち回りたい気分だったが、虚勢を張ってなんとかこらえた。

「じゃあ、牛丼でもいくか」

すっかりやる気を失った兵藤の声色が一段下がった。

「よし、牛丼だ」

竹下は何が嬉しいのか兵藤とは対象的に声色が一段あがった。

―ふう。まあ、佐藤におごらせとくか。そもそも、今の俺の苦しみは佐藤のせいだ。山本と出会わなければ、こんな思いをする事もなかったんだ。

兵藤は逆恨みを抱き、心の中で固く決意した。

「佐藤、牛丼おごれよな」

「え、なんで僕が」

「幽霊騒動を起こしただろ」

「…分かった。でも、兵藤だけだからね。それから500円以内ね」

佐藤は少し考えて答えた。

―500円って遠足のおやつかよ。でも、なんか佐藤に悪いな。

佐藤が素直だった事で、兵藤の心の中に良心の呵責が湧き上がってくる。

「やっぱり、いいや」

「何、それ。兵藤が言い出したんじゃないか」

「男は心意気って事よ。悪いと思っているのならそれでいい」

兵藤は心の中では思っていない事を口にした。

「まあ、兵藤がそう言うなら…」

佐藤の兵藤に対する見方が少し上方修正されたようだ。

「HU。兵藤かっこいいぞ」

田中がそのやり取りを聞いて冷やかす。

何も知らない竹下は兵藤を尊敬の目で見ていた。

そして、今。彼らは牛丼を食っているというわけだ。

「なあ、竹下はなんで山さんに入ったんだ」

先に牛丼を食べ終わった兵藤は竹下に話し掛けた。

竹下はご飯を噛みながら、不思議そうに兵藤を見た。

「ああ、山さんは超常現象研究サークルの事だよ」

「…難しい質問ですね…」

それだけ言うとまたご飯を噛み続けている。

―こいつ、まさか…。一口に噛む回数が決まっている奴なのか。

兵藤はじっくりと噛んでいる竹下に少しいらいらした。

やっと口の中が空になったようだ。竹下が語り始めた。

「…実は僕、会いたい人がいるんです。」


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