兵藤は牛丼を食っていた。佐藤、田中、竹下も一緒だ。
―何でこいつらと牛丼食っているのだろう。
先刻の出来事が兵藤の脳裏に蘇る。
「なあ、そろそろ夕飯だろ。親睦を深めるために、皆で飯食わないか」
兵藤の提案に竹下が嬉しそうに答えた。
「そうですね。僕はあんまり兵藤君の事知らないから、一緒に行きたいな」
凡人なら男が誘いに乗った事で嫌な顔をするが、雑誌で女性の口説き方を学んだ兵藤は一味違う。
―よし。将を射るにはまず馬からだ。これで、山本も誘いに応じやすくなったはずだ。
期待が高まる。ここで古森が一言。
「あなた、バカですか。この姿で食事に行けるわけがないでしょう」
亀井が予想していたかのように笑ったが、兵藤は意外だった。
「え。…普段着じゃないのか」
「…」
古森に睨まれた。
どうやら、本人も巫女姿で町を歩くのは恥ずかしいらしい。
だが、兵藤の狙いは山本にありけり。
「…山本はどうする」
「古森さんを送っていくわ」
―なんとなく、そんな予感がしたんだ。
兵藤の心の隙間に一陣の風が吹きぬけた。
田中がにやりと笑う。
「俺は行くよ」
「じゃあ、僕も」
佐藤も田中につられたのか、遠慮がちに笑った。
「俺は遠慮しとくよ」
亀井は大きく背伸びしながらやる気なさそうにそう言った。
―こいつ、ちゃっかり山本と古森についていくんじゃ。ああ、俺もそっちに行きたい。しかし、言い出しっぺがこいつらを見捨てるわけにもいかない。
兵藤は義理と人情の板ばさみにあった。
―おのれ。くちおしや。俺の体が2つあれば良いものを。
やりきれない思いが溢れ出す。
しかし、現実は残酷だ。
「じゃあ、私たちはこれで。竹下君をよろしくね」
兵藤が現実逃避をしている間に、山本達は帰っていった。
兵藤はその場でのたうち回りたい気分だったが、虚勢を張ってなんとかこらえた。
「じゃあ、牛丼でもいくか」
すっかりやる気を失った兵藤の声色が一段下がった。
「よし、牛丼だ」
竹下は何が嬉しいのか兵藤とは対象的に声色が一段あがった。
―ふう。まあ、佐藤におごらせとくか。そもそも、今の俺の苦しみは佐藤のせいだ。山本と出会わなければ、こんな思いをする事もなかったんだ。
兵藤は逆恨みを抱き、心の中で固く決意した。
「佐藤、牛丼おごれよな」
「え、なんで僕が」
「幽霊騒動を起こしただろ」
「…分かった。でも、兵藤だけだからね。それから500円以内ね」
佐藤は少し考えて答えた。
―500円って遠足のおやつかよ。でも、なんか佐藤に悪いな。
佐藤が素直だった事で、兵藤の心の中に良心の呵責が湧き上がってくる。
「やっぱり、いいや」
「何、それ。兵藤が言い出したんじゃないか」
「男は心意気って事よ。悪いと思っているのならそれでいい」
兵藤は心の中では思っていない事を口にした。
「まあ、兵藤がそう言うなら…」
佐藤の兵藤に対する見方が少し上方修正されたようだ。
「HU。兵藤かっこいいぞ」
田中がそのやり取りを聞いて冷やかす。
何も知らない竹下は兵藤を尊敬の目で見ていた。
そして、今。彼らは牛丼を食っているというわけだ。
「なあ、竹下はなんで山さんに入ったんだ」
先に牛丼を食べ終わった兵藤は竹下に話し掛けた。
竹下はご飯を噛みながら、不思議そうに兵藤を見た。
「ああ、山さんは超常現象研究サークルの事だよ」
「…難しい質問ですね…」
それだけ言うとまたご飯を噛み続けている。
―こいつ、まさか…。一口に噛む回数が決まっている奴なのか。
兵藤はじっくりと噛んでいる竹下に少しいらいらした。
やっと口の中が空になったようだ。竹下が語り始めた。
「…実は僕、会いたい人がいるんです。」