「でも、おかしいです。お話に聞いていたような凶悪な霊じゃないようです」
「本当か」古森に言われて兵藤は内心ホッとしていた。だが、気持ち悪い事には変わりがない。
「ええ。この辺りにお墓ありますよね」
「ああ。少し離れた場所に墓地があったような気がする」
兵藤の脳裏に数キロ程度離れた場所にある寺が映し出された。
―引っ越してきた当初に周辺を探索して見かけただけだよな。なんで俺に関係あるのだろう。
「やっぱり。そうだと思いました」 古森が頷く。
―古森ってもしかして凄い奴じゃ。
兵藤は墓地を言い当てた古森を少し尊敬する。
「すげー。霊能力者みたい」
ぼそぼそと誰かの呟き声が聞こえてくる。
亀井以外は皆、感心しているようだ。
「最近は、お墓参りをする人が少なくなってきて、浮遊霊が増えているんです。遺族が来てくれないから、霊が自分で様子を見に行っているということですね。だから、ここに来たのは家族思いの優しい霊。悪霊じゃないわ。それに、もう存在を感じないです」
「そうか、それは良かった」
兵藤は自分に害が無い事を知って、胸を撫で下ろした。
―でも、待てよ。霊がくるのならプライバシーとかないなあ。エロ本見ている時も傍にいるのかな。だとしたら、かなり恥ずかしい。
「いや、待て。良くないよ。霊がこの部屋を通らないように出来ないのか」
態度が一転した兵藤を見て、皆が怪訝そうな顔をする。
「別に通るだけで害無いし、いいんじゃねえか」
田中が他人事のような事を言う。
「何もしないのが一番です」古森が答える。
「なんでだよ。その為に来てくれたんじゃないのか」
兵藤は誰も自分の悩みを分かってくれないと古森に食って掛かる。
「考えてみて。親友に最低の男だから別れなさいって言っても、逆にくっつきますよね。余計な事や目立つ事は出来るだけしない方がいいのです。霊を呼び寄せる結果になるだけだわ」
「じゃあ、お前らは何しに来たんだよ」
兵藤は古森の言うことを頭では理解したが、心が納得しなかった。
「霊にも霊種があるって事です。危険ならともかく、危険じゃないのだから、そのままが良いって言っているだけです」
黙って立っていた山本が口を挟む。
「まあ、年頃だからいろいろあるのは分かるけど、こそこそするのは駄目よ」
兵藤は山本に自分の考えが見透かされたような気がして顔が赤くなる。
「…おかしいわ」古森が眉を顰めて、呟く。
「おかしくないぞ。健全な男なら誰でも同じだよ」
田中が兵藤を庇う。佐藤も陰で頷いている。
「いえ、あなたがたもおかしいけど、そうじゃないです」
「じゃあ何がおかしい」
おかしいと言われて、田中が機嫌を悪くしたようだ。
「佐藤君は襲ってくる霊を本当に見たの」
古森が一番後ろに隠れていた佐藤の方に目を向ける。
佐藤は急に皆に注目されて声がうわずる。
「はい、確かに見ました」
「でも、佐藤君にも見えるくらい強力な霊であれば、痕跡が残っていてもおかしくないはず。でも、ここには何もないようです」
―やっぱり、佐藤の語りじゃないのか。
兵藤は佐藤の目を見る。
佐藤の目は焦点が合っていないかのように遠くを見つめている。
「見えたのが佐藤だけって事は実は最初からいなかったんじゃないのか」
兵藤は疑問を口にする。
「僕は確かに見ましたよ。嘘なら嘘って言いますよ」
佐藤が周囲の視線にたじろぎながら答える。
「…」
兵藤は佐藤が嘘をついていると確信していた。
「おまえな。…」
「メガネ。メガネですよ」佐藤が思い出したように叫ぶ。
「…メガネ」
―苦し紛れの言い訳だな。
兵藤はあきれてしまった。
「そのメガネはどこにあるの」
山本が部屋を見渡す。
「これじゃないですか」
竹下が床の隅に転がっていたメガネを拾った。
「ちょっと、見せてもらえますか」
古森がメガネを受け取る。
「…これは…ただのメガネのようですね」
「ほら見ろ、関係ないだろ」兵藤は勢いに乗る。
「そんなはずは…」佐藤が古森の手から眼鏡を取ってかけた。
「普通のメガネだ」佐藤がうなだれる。
「お前、佐藤だからって俺は甘く見ないぞ」兵藤は佐藤をにらみつけた。
周囲はつまらない事を言った兵藤にあきれている。
「まあまあ、解決したんだからいいじゃねえか」
亀井が見かねて仲裁に入った。
山本は何かを考え込んでいる。そして、古森に何かを耳打ちした。
「で、この後はどうするんだよ」
少し落ち着いた兵藤は山本の顔を見る。
「そうね、どうしようかしら」
「用は済んだんなら、解散だろ。それとも皆でどこかに行くか」
兵藤はたたみかける。
「まあ、あなたがそれで良いと言うならいいけど」
山本は含みを持った言い方をする。
「なんだよ。結局、佐藤が嘘ついていただけだって分かったんだろ」
兵藤は少しいらいらした。
―なぜ、俺の家なんだ。他の奴の家だったらまだ良かったのに。
「あなたはやっぱりせっかちね。今いないからいないと言うのは簡単だわ」
「どっちでもいいから、どっちかにしてくれよ」
「現実はそう割り切れるモノじゃないわ」
古森が冷めた声を出す。
「でも、今日の所は何も起こりそうにないから、退散しましょうか」
―よっしゃ。山本と親交を深めるチャンスだ。