数日後。
兵藤は大学のキャンパスにいた。
いつものように普通に受講していたが、何故か兵藤の近くには誰も座らなかった。
授業が終わると、学生達のほとんどがすぐに教室から出て行く。
いつもテレンコテレンコしているはずなのに、これはおかしい。
兵藤は、教室に残っていた亀井に話し掛ける。
「なにかあったのか」
「知らぬは当事者ばかりか。学食に行ってみな」
亀井に言われて、学生食堂に行ってみる。
そこに小林の姿があった。女の子達数人に囲まれている。
「…ほんとだって。あいつのうちには悪霊が住み着いているんだよ…」
「やだ。きもい」
―それでか。イベントがあるとかじゃなくて俺を避けていたのか。
他の学生の態度については納得したが、別の意味で納得できなかった。
小林の後ろに立つ。
取り巻きは兵藤を見ると、トレーを残したまま慌てて退散した。
後ろ姿を見ながら、目を細める。
―ちゃんと片付けろよ。それより小林だ。
小林は兵藤に気付くと、目を逸らし、悪戯がばれた子供のような表情をしている。
「一体、何人に言いふらしたんだよ」
「そんなつもりじゃなかったんだよ」
「じゃあ、どんなつもりだ」
「でも…」
「デモも行進もない」兵藤は語気を荒げる。
「アルカッパよ」
「悪いと思うなら最初からやるなよ。で、何人だ。10人くらいか」
兵藤は悪かったとアルカパをかけたボケを見逃した。
「…」小林は黙り込む。
「おい」
「話したのは3日間で女ばかり20人くらいだけど、いまや情報社会だからな。かなり広がったかも。女に声をかけやすい話題だったんだよ」
「まじかよ。ちゃんと訂正しとけよ」
「でも、別にそんな大した事じゃないだろ」
「あなたが兵藤君かしら」
後ろを向くと女が立っていた。地味な格好ではあるが、美人だ。
「そうだけど。おたくは」
兵藤は普段女に声をかけられる事がないせいか、かなり警戒している。
「あたしは山本沙耶。よろしくね」
「ああ、よろしく。で、何の用だ」
笑顔で挨拶する山本に見とれてしまった。
胸がどきどきする。
それがばれないように兵藤は顔をしかめる。
「あたしはね。超常現象研究サークルに入っているのよ」
「霊の話なら嘘だぞ」
「詳しくお話を聞かせてもらえないかしら」
「だから、嘘だって」
「あら。でも、火の無い所に煙は立たないわ。本当は何かあったんでしょ」
「言いたくない」
「あなたのためでもあるのよ。噂には尾ひれがつくわ。あなたの事はすでに学校中の噂になっているわよ」
「…話したらなんとかしてくれるのか」
「それは分からないわ。でも、本当に霊がいるかどうかは分かる」
「…」
「うちのサークルにはね。霊感が強い娘がいるのよ。見てもらいなさいよ」
「…」
「噂を消せるのは噂だけよ。良く考える事ね」 女は尻を振りながら、去って行った。
「お前はどう思う」 兵藤が小林の方を向くと、食事をしていた。
囲んでいた女子が残していったモノを残さず食べようとしている。
「残り物食っている場合かよ。意地汚い」
「だって、残っているのに勿体ないだろ」
「話は聞いていたのか」
「大体」
「もともと根も葉もないホラ話をお前がしたせいで、こんな事になったんだぞ。でも、それを言ったら、今度は俺が目立ちたがりの嘘つきとして噂になる気がする」
「そんな深く考えるなって。別に他人にどう思われようといいじゃねえか。それより、チャンスかもしれないぞ」
「他人事かよ…。チャンスって」
「山本だよ。あいつ。かわいいけど、今付き合っている奴いないらしいぞ」
「なんで、お前が知っているんだよ」
「お前、俺が意味もなく毎日のようにキャンパスをうろうろしているとでも思っていたのか。情報収集のために決まっているだろ」
「…」兵藤は訝しげに小林を見る。
「別に女の事だけじゃねえよ。講義の情報をもらったり、教科書をもらったりとか…。そのついでだな」
―また、いい加減な事を。だけど、山本は今彼氏いないのか。チャンスかもしれない。
兵藤はそれだけで自分が彼氏になれるかのように錯覚した。
「誰か、超常現象研究サークルの知り合いとか身近にいたっけ」
「そうだな。俺は数人知っているけど、お前が知っていそうなのは…。亀井くらいか」
「亀井か。あいつがいるなら安心かな」
―そういえば、小林の事を教えてくれたのは亀井だったな。山本に俺の居場所を言ったのも亀井かもしれない。
「超現研に行くのか」
「…考え中だよ。なんでも省略するな。いきなり言われても分からないだろ。ラーメン屋かと思ったじゃねえか」
「いちいち超常現象研究サークルとかいう奴の方がいないし。流れ的に分かるだろ」
小林は不満そうな顔をする。
「…まあ、そうだけど。ただ、どうせつけるならもう少し、インパクトに拘りたくないか」
「インパクト。例えば」
「山本とサークルから取って山サーとか。アラサーの仲間っぽくないか」
「どっかのメーカーかよ。どうせなら山さんじゃねえか」
「山さん」 山さんという言葉に何故か周囲の目が2人に集まる。
小林の声が少し小さくなった。
「刑事ドラマとかで、出て来そうだろ」
「じゃあ、もう山さんでいいや」
周囲の目線からは外れたが、兵藤はまだ少し恥ずかしそうだ。
「ああ、そろそろ午後の講義あるから、俺行くよ」
小林がトレーの食器を整理して立ち上がる。
「そうか。またな」