26発覚


兵藤は大学での講義が終わり、構内を歩いていた。

―山さんに行こうか。行くまいか。

別れた時の山本の顔が脳裏にちらついている。

そのまま同じ所をぐるぐると廻っていると、騒ぎ声が聞こえてきた。

見ると、学生達の集団がベンチに座って携帯を覗き込んでいる。

興味はあったのだが、気にすることもなくそのまま歩く。

気がつくと、山さんの部室前に来ていた。

―ここに来たのは、久しぶりだ。

外は曇り空で憂鬱な気分になってくる。

ドアをただ見つめるだけで、入る勇気がない。

―行け、行くのだ。がんばれ、俺。

だが、まるで中にゾンビの集団が潜んでいるかのように気後れする。

足音が聞こえてきた。

亀井がこちらに走ってくる。

兵藤は突然現れた亀井に頭が真っ白になった。

「おい」

亀井が少し離れた場所で声をあげる。

「おお」

兵藤は気まずそうな顔で答えた。

亀井は近くまで来ると立ち止まり、はあはあしている。

「久し…」

兵藤が言いかけた所で亀井が口を挟む。

「大変だ。…お前、もう聞いたか」

「え、何が」

突然の事に兵藤は怪訝な表情を見せた。

「事件だよ。事件」

「実験か。何の」

「ボケている場合じゃないぞ。この近くで何かがあったらしい。携帯でテレビ見られるなら見てみろよ」

「え、ああ」

―充電が残り少ないのに一体何なんだよ。

携帯に現地の様子が映し出された。

亀井も横から覗き込む。

道路脇に距離をおいて救急隊員と負傷者がセットで並んでいた。

「おい。なんだよ、これ。テロか」

兵藤はまだドラマを見ているような気分でいた。

映し出される媒体が同じなので錯覚するのも無理はない。

兵藤が道路をよく見ると見覚えがあった。

「この近くじゃないか」

「音が聞こえないぞ。大きく出来ないのか」

亀井に言われて、音を大きくする。

すると、電池が切れて携帯は沈黙した。

「お前、使えん奴だな」

亀井が苛立ちをぶつける。

「なんだよ。お前こそ携帯はどうしたんだよ」

兵藤も携帯を閉じて、反論する。

「俺の携帯は旧型でテレビを見られないんだよ」

亀井が逆切れした。

「お前の方が使えないだろ」

「部室。部室に誰かいなかったか」

亀井は兵藤の言うことを無視して、部室の方を見る。

「…」

「そこ、どけよ」

兵藤が答えないでいると、亀井に突き飛ばされた。

いつもの亀井と違って強引で男らしい。

ドアを開けるとそこには古森と佐藤がくっついていた。

二人は慌てて離れる。

亀井はその名の通り亀のように固まった。

「…お前ら、今何していた」

「…」

「見れば分かるだろ」

答えない二人に代わって兵藤が火に油を注ぐ。

「お前には聞いていない」

亀井に睨まれた。

兵藤は剣幕に押されて顔をそらす。

―佐藤と古森って付き合ってたんだ。前見た時に怪しいと思ったんだよな。

兵藤は納得した。

だが、亀井はそうも行かない。

「この野郎」

最早、ニュースの事など亀井の頭にはなかった。

亀井にとってはこっちの方が大事件だ。

亀井は佐藤に近寄った。

古森が佐藤の前に立つ。

「いまさら、何よ。さんざん、実験動物とか言って人間扱いしなかったくせに」

どうやら、少しは亀井に気があったようだ。

古森の言葉に佐藤が密かに傷ついていた。

女心より男心の方がデリケートなのだ。

「何か。だからって、こんな子供みたいのとくっつくなよ」

亀井はどうも相手が佐藤だった事に自尊心が傷つけられたようだ。

―子供か。古森と子守りをかけたのか。全く、こんな時に。

実際、亀井はそんなつもりはなかったのだが、兵藤は亀井を白い目で見ていた。

ドアがまた開いた。

入り口の方を見ると、山本が入ってきた。

「ねえ、皆。知ってる。この近くで通り魔が…」

山本は言いかけて、部屋の構図を見ると黙り込んだ。

脇に兵藤がいるのを見て、少し目が輝いた気もする。

「何しているのよ」

山本は目に涙をためている。

男ほど女の涙が嫌いな生き物はいない。

涙は凶器といってもよい。

男の振るう暴力と同じだ。

亀井はおろおろしだした。

兵藤に目で助けを求める。

「別に喧嘩していたわけじゃないぞ。ただ、古森だけに佐藤の子守りを…」

うろたえながら、わけの分からない事を言った兵藤の足が古森に踏まれた。

「何でもないのです。誰もお姫様を奪い合ったりしていません」

―こいつ。自分でいうか。

なんだか、古森が嬉しそうにも見える。

「そうね。ごめんなさい。私の勘違いだったわ。皆がそんな事するわけないものね」

―待て。それで納得するのかよ。

山本は涙を拭いた。

「話を続けるけど、この近くで通り魔が出たみたいなの。さっき、教えてもらったんだけど、かなり凶悪らしいわ」

兵藤は言われてもいまいち現実味が沸かない。

ドラマなどで良く出てくる光景だったので現実感に乏しいのだ。

「…」

他のメンバーもどう反応してよいか分からない。

「…あの、犯人はもう捕まったんでしょうか」

佐藤が口を開くと、亀井がいらいらした。

「さあ、どうかな。でも、捕まったんじゃないかな。誰かテレビ見られないの。私、携帯忘れちゃって」

佐藤が携帯を取り出して、テレビをつけた。

古森が横から覗き込む。

案の定、亀井が二人の間に割り込んだ。


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