18石像


池田達が店を出た所で幽霊部員達は帰っていった。

池田はそれを見て不思議に思う。

「あの子達は今日の活動には参加しないのですか」

「ええ。今日行く場所は一般の学生のアパートであまり広くないので少数精鋭で行きます」

山本は目を逸らしてそう答えた。

「そうですか」

池田はなんとなく納得した。

 

幽霊部員を除いた山さんのメンバーは兵藤達のアパートに着いた。

インターホンを鳴らす。

少ししてドアが開いた。

佐藤がいる。

「ちらかっていますけど、どうぞ」

部屋の中に入ると、暇を持て余していた小林が兵藤の秘蔵のコレクションを引っ張り出していたのを兵藤が慌てて片付けている。

「どうも、はじめまして」

兵藤は先生が自宅に来るのは初めての事なので少し緊張しているようだ。

落ち着きが無い。

「無理を言ってすまなかったね。私は見学だから、無礼講で構わないですよ」

「そうですか」

―そんな事を言われても急に切り替えられないだろ。

兵藤は相変わらずぎこちない。

部屋に監視カメラが設置されているような気分だ。

池田は見学者らしく部屋の隅で黙って見ていることにした。

山本がその様子を伺いながらメンバーに指示を出す。

「じゃあ、手順はこの前と同じで。…写真は亀井君が撮ってね」

「ほい、きた」

亀井は竹下の担当していた写真係を快く引き受ける。

山本は池田に説明した。

「ご存知かどうかは知りませんが、一部の学生達の間で兵藤君の部屋に悪霊が出たという噂が流れた事があり、その調査を行っています」

「それは穏やかではありませんね」

池田もまたほとんどの人たちと同様に霊や迷信など信じてはいなかった。

しかし、顧問がそれでは申し訳ない。

なんとか話を合わせようとしていた。

「悪霊というとどのような悪霊なのでしょうか」

―佐藤がでっち上げて小林が言いふらしただけだろう。

池田の質問を聞いて、兵藤は不審な目で佐藤と小林を見る。

「それは、当事者がいますので直接聞いた方が良いと思います」

山本は佐藤に目配せをする。

佐藤が頼りなく一歩前に出た。

「ええと、僕が見たのは多分自殺者の霊です。霊の数は複数いて…」

―なんで僕ばかり。

佐藤はもう思い出したくも無いのに、何度も説明させられる事を恨めしげに思っていた。

「佐藤君は良く霊を見るのですか」

「いえ、初めてです」

佐藤は閉口している。

―僕だって信じられないよ。だけど、見たのだから仕方が無い。

こういった類の質問をされる理由は1つしかない。

質問者が信じていないからだ。

佐藤も自分が見るまでは同じ反応をしていただろう。

それが分かっているだけに、信じてもらえないのが歯がゆかった。

「なるほど。概要は理解しました。続けてください」

池田は自分が話をしている時だけメンバーの手が止まる事に気づき、傍観者に戻った。

山本は古森に声をかける。

「古森さん、今日はその服装で大丈夫かしら」

「分かりませんが、がんばります」

古森はいつもなら非日常の巫女服に身を包む事で第6感を高めていたのだが、お食事会があったので普通の服装のままだった。

今日はその代わりに思惟はんか像のポーズを取っている。

その様子に亀井は貴重なものが見る事が出来たと部屋を撮るふりをしながら、密かに写真を撮っている。

兵藤は亀井の写真を撮るふとした様子を見て、竹下の事を思い出した。

―そういえば、古森は竹下の霊を見る事が出来るのかな。しかし、それは言い出しにくいな。

兵藤は山さんの調査目的と関係ない事で悩んでいる。

一方、池田も兵藤と同じように竹下の事を思い出していた。

―竹下君もここで活動していたのか。

前途ある若者の未来を奪ってしまった事に後悔の念が波のようにやってくる。

池田はふと机の上にある眼鏡に気がついた。

池田の視線の先を見て、聞いてもいないのに山本が説明する。

「佐藤君はその眼鏡をかけていて霊の姿を見たそうです」

「そうですか」

それを聞いた池田は何気なしに眼鏡を手に取り、かけてみた。

―度は入ってないようだ。伊達眼鏡か。…霊が見えるなら、竹下君も見えるのかな。そしたら、謝りたいものだ。

そんな事を思った。

その時だった。

池田は学生達の陰に隠れて、部屋の中にもう一人いる事に気がついた。

部屋の隅で背を向けて屈んでいる。

見知った後ろ姿のようではあるが、誰かは分からない。

―誰だろう。顔合わせしたサークルのメンバーじゃないようだけど、あんな子いたかな。もしかしたら、兵藤君の友達が来ているのを見落としただけかもしれない。

池田が見ていても、その人物に動きはなかった。

まるで、石像のように動かない。

他の学生達と会話も一切なかった。

山本は部屋の隅を見つめている池田の様子を気にして声をかける。

「先生、どうかしましたか」

「いえ、何でもありませんよ」

自分が気づかなかった事であの青年の心を傷つけてしまうかもしれない。

だから、池田は気にしない事にした。

教育に携わる者の気遣いだ。

池田は自分がまだ眼鏡をしていた事に気づくと、外して机の上に戻した。

それからは古森待ちだった。

古森は顧問がいるせいか、なかなか集中出来ないようだった。

「古森さん。無理しなくていいわ」

山本が気遣うが、古森は無言で精神を統一している。

しばらくして、あきらめたのか古森は顔を上げた。

「すいません。ちょっと、無理みたいですね」

―まあ、そんなものでしょう。

池田は途中から自分が想像した通りに事が運んだので、落胆もしなかった。


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