17バイキング


顧問の池田を含めた山さんのメンバーはレストランで昼食を取っていた。

もちろん、池田のおごりだ。部員との初顔合わせである。

「…そういうわけで、これからよろしくお願いします」

山本の進行で全員の自己紹介が終わり、おあずけを食らっていたかのように一斉に食べ始める。

―学生の食欲は目をみはるものがあるな。バイキングにして正解だった。

池田は回転鮨のように次々と皿が積み重なっていく様子に目を細めている。

90分で一人1500円。

池田の知る限りでは妥当な店だ。

―学生の心を掴むのは最初が肝心だからな。多少の出費は仕方が無い。

ふと池田の脳裏に竹下の嬉しそうな顔が浮かぶ。

心が痛い。

竹下の死因と自分が因果関係にある事は分かっているのだが、いまだに断片的な記憶しかなく、池田の気分は常に灰色だった。

「先生、何か取ってきましょうか」

あまり食べていない池田を気遣い、山本が声をかける。

「ああ。じゃあ、適当にお願いしようかな」

山本は嬉しそうに席を立って料理の方へ向かった。

―この人が新しい顧問で良かったわ。それにしても、こういう時だけ参加するメンバーがいるのよね。

山本は料理を皿に盛り付けている幽霊部員数名に目を向けていた。

彼らは自分達がこういう場所に来る事を当たり前のように思っている。

―まあ、サークルを学校側に認めさせるための人数合わせを頼んでいるから仕方ないか。

「おう。これおいしいぞ」

「ねらい目はやっぱ料理の追加される時だな。作りたてがうめえ」

山本の白い目には気づかずに、幽霊部員は青春を謳歌している。

―ふはは。名前を貸してやっているのだから、何か見返りが無いと嘘だよな。

―なんか、悪いなあ。名前を貸しているだけでご同伴に預かるなんて。だけど、あいつもいる事だし、いいか。

幽霊部員達は実のある会話をほとんどする事なく、冬眠を迎えた熊のように食いだめをしている。

亀井は意外にも皿からこぼれそうなくらい大盛りにしていた。

それを見た幽霊部員が声をかける。

「ははは。亀井は欲張りだな。食べ放題なのだから、分けて取ればいいのに」

「ああ、オレは海外のスタイルだ」

「海外」という言葉を聞いて、亀井をバカにしていた幽霊部員は自分がバカにされたような気になる。

「そんなわけがあるか。バイキングって海外関係ないだろ」

「その通りだが、マナーが違う。向こうは取るのは一回切りだ。ただ、盛り付ける量が自由なだけだ。日本人のように行ったり来たりは見苦しい。落ち着いて食事も出来ないだろう」

「だけど、ここは日本だろ。日本式でいいじゃないか」

「ああ。それは個人の自由だ。だから、お前も自分の考えを押し付けるな」

亀井に淡々と言われて幽霊部員は黙り込んだ。

その横で、古森は珍しく嬉しそうな顔をしている。

古森の目の前には何故かスイーツばかりが並べられていた。

色とりどりの2口サイズのケーキが皿の上でミステリーサークルを描いていた。

―おいしそう。どれから食べようかな。やっぱり、味の薄い野菜のケーキから初めて最後はショコラかな。でも、こっちの方が…。

古森はさっさと食べればいいものを、迷っているだけでなかなか口に入れなかった。

池田はそんな部員達の様子に竹下を重ね合わせ、少し罪悪感が軽くなったような気がする。

そこへ山本が戻ってきた。

「すいません。何が好みか分からなかったので適当に取りました」

見ると、定食屋のセットのように綺麗に皿が盛り付けられている。

「どうやら気を使わせてしまったようだね。山本君も他の部員と同じように自分の事だけしていたらいいよ」

池田は寂しげに笑った。

その笑顔に同年代には無い優しさの影を感じて、山本の胸が少しときめいたかどうかは山本以外には分からない。

ただ、山本は池田に少し興味を抱いたようだ。

「先生はどうして顧問を引き受けてくださったのですか」

当然の質問ではあるが、池田は面食らっている。

どう答えたらいいのだろうか。

まさか、竹下の事に負い目を感じてなどとは口が裂けても言えない。

「…新しい顧問がいなくて困っていたみたいだからね」

咄嗟にそんな事を言う。

「先生は優しい人なのですね」

悪気の無い山本の言葉が痛い。

―自分はいい人なんかじゃない。卑怯で狡猾なただの人間だよ。

池田は山本から目を逸らし、他の席にいるOL3人組に目を向けた。

山本も釣られて見る。

「あー、今日はやけ食いだ。あいつのことなんて忘れてやるんだから」

「私も日頃のストレス発散しちゃおう。やけ食いだ」

「私はいつものようにやけ食いだ」

「それってやけ食いじゃないしぃ」

やたらとやけ食いという言葉が聞こえてくる。

―食べれば、現実を忘れられるのか。うらやましいな。

OLが視線を感じたのか、こちらを見ながらひそひそと何か話している。

池田は山本に視線を戻した。

「それにしても、なかなか楽しそうなサークルだね。部長が君のようにしっかりしていると、部員はのびのび出来そうだし」

山本は高い評価を得た事で普段の自分の苦労が報われたような気がして嬉しくなった。

「そんな事ないですよ。まだまだ、未熟なので部員に助けられる事も多いですし。その内、先生にも助けてもらっちゃいますから」

「お手柔らかに頼むよ。さあ、折角だからたくさん食べておきなさい」

「はい。これから、よろしくお願いします」

山本は会心の笑みを見せると、食事に集中する。

―いい娘だな。だが、罪人にとってはその無邪気さ故に、心苦しいものがあるといった所か。

池田は山本だけでなく部員全員を騙しているような気がして、ものの哀れを感じていた。


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