それからしばらくして、再び山さんのメンバーが兵藤の家にやってくる日が来た。
部屋を簡単に片付けて待っていた兵藤は、インターホンの音にドアを開ける。
そこには2人組の作業員がいた。
「どうも。お休みの所、申し訳ありません」
「はあ」
待ち人来たらず。
兵藤は意外な登場人物にどう反応して良いか分からずに気の抜けたような相槌を打つ。
「管理人さんから連絡を受けていませんか」
2人のうち、老けた方がそんな事を言う。
「今日、何かありましたか」
兵藤が聞くと2人は何がおかしいのか顔を見合わせてにやつき、目だけで合図をしていた。
兵藤は不愉快になる。
「年に一度の排水溝の定期清掃です。管理費から料金は頂いてますんで、お金はかかりませんよ」
―そういえば、去年もそんな事があったような。あれから、もう一年か。
兵藤は一年を振り返った。早いものだ。
―ううむ。それにしても、こいつらはいつも金がかからないと言うけれど、金かかっとるやんけと思うのは俺がおかしいのか。
知らない人にナーバスになっている兵藤は、どうでもいい言葉のあやに悩んでいた。
「…どうぞ」
兵藤は仕方が無い様子で、2人組を中に入れる。
一人がそのまま中に入り、もう一人はホースとコードの様なものを手にもって入ってきた。
「じゃあ、作業内容ですが、まず洗濯機を外して、排水溝にコンプレッサーを通したオゾンを…」
「ああ、説明はいいです。どうせ、聞いても分からないし」
兵藤がそう言うと、作業員はなんだか残念そうな顔をしていた。
「じゃあ、作業進めます」
「お願いします」
兵藤が見ている中、作業員は慣れた手際で仕事をしている。
まず、洗濯機が外された。
兵藤は当たり前の事ではあるが、洗濯機の陰に何もいないのが見えて安心する。
一人の作業員が外へ出てしばらくすると、コンプレッサーのポンプの音が聞こえてきた。
家の中にいる作業員がコードの途中についたボックスの押しボタンスイッチを押して、排水溝にホースを無造作に突っ込んだ。
兵藤は、時計を見る。
―あいつらがくるのはそろそろか。忙しい時に限って、こういう奴らが来るんだよな。
確認していなかった自分の落ち度はさておき、兵藤は作業員を責めるような目で見た。
数分後。作業が終わったのか、男達は片付けを始めた。
―終わったのか。案外、早かったな。
兵藤はホースが抜かれた排水溝の穴を見る。
目視では綺麗になったかどうかは分からない。
だが、綺麗になったのだろう。
そう納得して、作業員の姿を探した。
鍋が煮えたぎるかのような、ボコボコとした音がする。
兵藤はもう一度、排水溝を見る。
ホラー映画で悪霊が登場するシーンのように、音をさせながら段々と水位が上がってくる。
しかも、髪の毛やえたいの知れないねばねばした何かと一緒だ。
兵藤は慌てて作業員を探すが、2人とも外に行ってしまっているようだ。
見当たらない。
―おい。俺はどうすればいいんだ。
蛇口であれば、元栓を締めればすむ事だが、排水溝の逆流はそうも行かない。
何かで栓をする事も考えたが、あの汚い水に触れさせたいと思うモノがなかった。
兵藤が何も出来ずに見守る中、終に、逆流した汚水は排水管を飛び出し、洗濯機置場の枠の中を縦横無尽に広がっていく。
―このまま行くと、床にまで広がるかもしれない。どうしよう。
兵藤は見守るだけしか出来ない自分を歯がゆく思っていた。
だが、汚水の力は強大だ。
何よりも触りたくないという抑止力が働く。
どうする事も出来ない。
―だぼが。しょうもない仕事しくさってからに。まじ、ふざけんなよ。このまま、溢れたりしたら絶対苦情の電話を入れてやる。
器の小さな兵藤の怒りの矛先は汚水から作業員へと変わっていく。
だが、汚水は枠の高さの4分の1に達すると、音をさせながら排水溝へ戻っていった。
水位が引くと同時に兵藤の怒りも引いていく。
―なんだったんだ。
そこへ、手にバケツと雑巾を持った作業員が戻ってきた。
兵藤に何も言わずに洗濯機の枠を拭いている。
―こいつら。何で何も言わないのだ。
屈んでいる作業員の背中を睨みつける。
―もしかして、俺が説明はいらないと言ったからなのか。確かに説明は要らないと言ったが、こういう大事な事は最低限、説明してくれよ。
作業員は兵藤に構う事無く、黙々と作業を続けている。
「作業終了しました」
兵藤は報告する作業員の笑顔が、邪悪に満ちているように思えた。
「ああ。はい」
兵藤は文句を言うべきか検討している間に、作業員達は帰ってしまった。
作業員が立ち去ると、兵藤はベッドに横になり一息ついた。
脱力感に襲われる。
―そういえば、あいつら来ないな。
兵藤は一人ぼっちの部屋で時計と睨めっこしていた。
インターホンがなる。
兵藤はゆっくりと立ち上がると、玄関へと向かった。
小林が我が物顔で勝手に家の中に入ってきていた。
それに釣られてか佐藤も恐る恐る入ってくる。
「へい、お待ち」 小林がすし屋のような事を言う。
「よく来たな。まあ、あがれよ」
最初の頃は勝手に家に入ってくる小林に怒ったが、今では兵藤は自然に対応していた。
小林は奥まで入ると、誰もいない事に気がついた。
「あれ。沙耶ちゃんはまだ来てないのか」
「見たら分かるだろう。言っておくが、山本はオレんだからな」
兵藤の牽制球に小林がせせら笑う。
「お前、分かってないなあ。山本は山本のもんだよ。それにな、恋で一番おもしろいのは恋敵がいる時だろ。障害を乗り越えた2人はやがて…。ぐふぇふぇ」
―お前は誰だよ。親戚のちょっと年のいったおばさんか。
兵藤はそう思った。
「別に敵なんて欲しくない」
兵藤が言うと、小林はまた宙を舞う木の葉のようにかわす。
「まあ、出来ればお前とくっつけば良いと思っているから、心配するな。ただ、流れ的にオレにくればオレがもらうけど」
「どっちだよ」小林のはっきりしない態度に兵藤は業を煮やす。