15小林、再び


そこには、兵藤が出て行った時と同じように亀井と古森が座っていた。

兵藤は部室に足を一歩踏み入れる。

その時だった。

左から何かが飛び出してきた。

「わー」

兵藤は驚愕して、後ろにいた山本を突き飛ばしてしまった。

「くくく。チキン野郎はこれだからよ」

よく知っている声がする。

小林だ。

出てきたのが小林だと分かると、兵藤は無視して転んだ山本に手を差し伸べる。

「一体何よ」

山本はいきなり突き飛ばされて怒っている。

「悪い悪い。いきなり飛び出してくる子供がいた」

兵藤は山本に手を差し伸べる。

「良かったな。手を繋げて」

小林は兵藤の背後に忍び寄ると、そんな事を耳元で囁く。

―良かったというか、山本は怒っているわけだが。

兵藤は半ば呆れつつも、温かい目で小林を見る。

そして、また山本に目線を移した。

山本は立ち上がると兵藤の後ろにいる小林に気がついた。

「ええと…」

山本が何か言いかける前に、小林が攻勢に出た。

「おお〜山本。あなたはどうして山本なの」

「それ、女の方の台詞だろ」

兵藤が冷静に突っ込む。

小林が兵藤を見る。

「そうそう。女の台詞…って、なんでやねん。俺は男や。証拠見せたろか」

小林がズボンに手をかける。

「わかっとるわ。…ジュリエットの台詞って事や」

2人は急に神戸弁になった。

「…」

一瞬の間の後、山本が苦笑した。

兵藤は少し恥ずかしかった。

しかし、苦笑であれ、笑いは笑い。

笑わせた事に対して、密かに達成感を抱いていた。

小林がすかさず自己紹介に入る。

「女性の味方。五人囃子(ごにんばやし)が一人。小林です」

「え、そうだったのか。他の4人のメンバーは誰がいる」

兵藤は小林の邪魔に入る。

「む。他の4人は…林、林田…若林……林、林だ」

小林は最後に自暴自棄になって、そう言い捨てた。

―またいい加減な事を。

兵藤は小林の挙げた5人の中に小林が入っていない事に苦笑した。

そして、追随の手を緩めずに攻め続ける。

「林が3人いるようだけど」

「それぞれ、下の名前が違うんだよ」

小林は守勢に回って、少し勢いが削がれたのか、声が小さくなる。

山本は自分と関係の無い方向へ話がいってしまったので、疎外感を覚えていた。

「それで、何の用かしら」

山本が落ち着いた声で小林に問い掛ける。

「冷たいな。俺と君の仲じゃないか」

小林はいやらしい笑みを浮かべていた。

「おーい。とりあえず、ドア閉めてくれよ。寒い」

亀井が小林の方から流れ込んでくる冷たい風に、軽く震えていた。

「じゃあ、中に入りましょうか」

山本に促され、2人は部室の中に入っていく。

小林はあいている席に腰かけた。

兵藤は小林の後ろの棚に、くの字になって腰を乗せる。

山本は上座に座った。

「それで、五人囃子が一人、小林君は何の用なの」

冷静にそう言われて、小林は少し恥ずかしくなる。

「山本の名前って何だっけ」

「私。山本沙耶だけど。それが用件」

「沙耶ちゃんか。いい名前だ」

「…」

山本は小林の馴れ馴れしい態度に黙り込む。

「いやね。この前、こいつの家に行ったでしょ。結局、その後どうなったのかなと思って。なんか、俺だけ仲間外れにされてさ。やっぱり、寂しいじゃない」

―お前が呼ばれないのは自業自得だろ。

兵藤は心の中でそう思った。

―竹下の事もあるのに、無神経な奴だ。でも、こいつ。そういえば、竹下の事知らないのだっけ。知らぬが仏か。

兵藤は山本の反応を気にして、横目で様子を伺う。

「そうね。その件について、今日は話し合おうと思っていたの。皆、注目してくれる」

その場の全員が山本に注目する。

「竹下君の事は残念だったわ」

山本は目を伏せながら、まずそう言って続けた。

「だけど、それはそれよ。きっちり分けていかないと、このサークルの活動自体が無くなってしまうような気がするの。だから、兵藤君の家の調査は結論が出るまで続行します」

サークルの皆が無言で頷いた。

小林は何の事か分かっていない様子で周囲の顔を見回していた。

驚いたのは兵藤である。

―おいおい。この前の調査で終わりじゃないのか。

躊躇いがちに兵藤は手を挙げた。

「はい、兵藤君。どうしたの」

「いや、この前の凶悪な霊はいないって事で終わりじゃないのか」

「じゃあ、何故あなたはここにいるの」

「何故って…そりゃあ…」

兵藤は山本を見て目を逸らした。

―そんな事、こんな大勢の前で言えるかよ。

「そう、調査は複数回行い、はじめて結論が出せるのよ。一回だけやって、分かった気になっているのは単なるバカだけよ」

小林に何かを言いたそうに、ちらりと見て、山本は勝手に持論を展開した。

「あとね、兵藤君には悪いんだけど、顧問の先生が来るから」

「ええ」

サークルのメンバーが面食らう。

「新しい顧問の先生が、最初の一回だけどんな活動をしているのか見てみたいって言っているの」

「…そうか」

―部屋を片付けた方がいいのかな 。

兵藤は自分だけ家庭訪問を受けるような気になった。

「じゃあ、次の日取りだけ決めて、今日はもう解散するから」

山本は竹下の件でもう少し反感を買うと思っていたのだが、そんな様子も無く、安心している。

机に置かれたカレンダーの日付に、それぞれが自分の都合の良い日を記入して、そのまま流れ解散となった。


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