外へ出ると会議室にいた全員が待っていてくれた。
兵藤は山本の顔をみると表情が柔らかくなった。
だが、佐藤の顔を見ると怒りが込み上げ、眉をしかめる。
無言で合流した。
誰も一言も話さずに、同じ方向に歩き始める。
何ともいえない重苦しい雰囲気が漂っていた。
兵藤は話し掛けようか迷っていたが、言葉が見つからずにそのまま歩いていた。
亀井が口を開く。
「竹下はもういないのだな」
「…」
誰も何も言わない。
「竹下が死んだのって俺達のせいなのかな」
亀井の言葉に胸の奥にある何かが熱くなる。
心臓を何かに掴まれたような気分だ。
―もしかして、俺が山さんに行かなければ、竹下は死なずにすんだのかな。
兵藤は悔恨で一杯になる。
佐藤が言う。
「そんなことないよ。急性アルコール中毒が死因なのだから、アルコールが原因なんだよ」
―アルコール中毒で死んだのか。だから、刑事が竹下とすぐに別れたのか、しつこく聞いたのだな。竹下の奴、あれから誰かと飲みに行ったのか。…だとすれば、一体誰と。それにしても、佐藤には悪い事をしたな。
実際の所、兵藤は佐藤に何もしていないのだが、妙に悪い事をした気になっていた。
申し訳ない気持ちで一杯になる。
一方、池田は大学に警察関係者が来た事で心理的に追い詰められていたのかと思いきや、あの日の事はすっかり忘れていた。
「なあ、聞いたか。うちの学生が一人、急性アルコール中毒で死んだんだってさ」
「それは、不思議ですね。まだ、宴会のシーズンというわけでもないのに」
同僚に話し掛けられて、池田は当事者であるにも関わらず、他人事のようにそう言った。
「どこの学生ですか」
「またぎきだけど、竹下っていう子だってさ。確か、専攻は経済学かな。まだ、若いのにねえ。どうせなら、坂本教授だったら良かったのにな」
同僚はそう言って笑っていた。
―竹下だって。
池田は名前を聞いてあの日の出来事に思い当たった。
みるみる内に顔色が変わっていく。
「おっと。まあ、冗談だよ。そう怒るなって。じゃあ、俺はもう行くから」
同僚は坂本教授の名前を出した事で池田が怒ったのかと勘違いしていた。
そのまま、足早に立ち去った。
池田は同僚を見送る。
―竹下ってあの子の事か。いや、同姓同名かもしれない。大学は人が多いから。
湧き上がるマイナス思考を否定してみるものの、池田は嫌な予感がした。
必死でその日の出来事を思い出そうとするが、頭にもやがかかったかのように途中からの記憶が無い。
―警察にいった方がいいのだろうか。しかし、竹下違いだったら杞憂という事になる。どうしようか。
人が見れば、ぼんやりとしているかのように見える池田の脳内は活発に動いていた。
―よし、あの子は超常現象研究サークルに所属しているって言っていたな。それとなく、探ってみよう。どうするかはそれからだ。
兵藤達4人は理由も無く、山さんの部室に集まっていた。
時間が経つ程に、竹下の死が重くのしかかってくる。兵
藤は部室の窓から外を眺めていた。
―ここから見える景色ってこんなに暗かったのかな。
パズルでピースが1つだけ見つからないかのように、何かが欠けているような気がする。
沈黙を破ったのは佐藤だった。
「皆さん。元気出してくださいよ」
「…」
「落ち込んでいても何もないですよ。人は誰でも、いずれ死ぬのですよ。引きずっても、竹下君も喜ばないですよ」
「…」
―佐藤の言う事は理解出来る。だけど、この気持ちは一体なんだ。
自分で制御する事が出来ない、恋とはまた異質の感覚が体を巡っている事に兵藤は困惑していた。
「そんな事は分かっている。分かっているから黙ってくれないか」
亀井の言葉に山本の目から涙が垂れる。
佐藤はいたたまれなくなったのか、無言で部室を出て行った。
沈黙と時間だけが過ぎていく。
辺りが暗くなって、兵藤は立ち上がった。
「帰ろう」
兵藤には目もくれず、亀井が立ち上がった。
山本は動かない。
「大丈夫だから。帰ろう」
兵藤は精一杯の優しい声を出して、山本の肩に手を置く。
―あの気丈な山本がこんなにも脆いなんて。やっぱり、俺が悪いのか。
兵藤は山本の変わり果てた様子に自責の念が沸き起こった。
山本はふらふらと立ち上がる。
3人は部室をでた。
池田は事務室で、竹下の事について調べた。
その結果、あの日に池田と飲んだ竹下で間違いない事を突き止めた。
しかし、ここで池田にとって予想外の出来事が起こる。
「池田講師、あなたは超常現象研究サークルに興味がおありですかな」
年を取った助教授に声をかけられた。
―まさか。ばれたのか。
「それがどうかしたのですか」
池田は内心では慌てながらも、なんとか平静を装う。
「唐突で驚いたかもしれませんな。私はそのサークルの顧問をしとるのです」
「そうですか」
「しかし、大学を移る事になりましてね」
「栄転ですか。それはおめでたい話ですね」
「代わりに顧問をしてくれる人を探しておったのです。事務室に興味がありそうな人がいたら、連絡をくれるように頼んでおりましてね。それで、いささか急なお話とは思いましたが、お声かけさせてもらいました」
「そうですか」
「で、いかがかな」
池田にサークルに対する興味などはなかった。
普通の状態であれば、断っていただろう。
だが、池田にとって後ろめたい状況だった。
「…誰もいないのでしたら、構いませんよ」
「それは助かった。なかなかいなくて、困っておったのです。まあ、顧問と言ってもほとんど形だけで学生の自主性にまかせておりますからな。詳しい事は部長の山本にでも伝えさせます」
こうして、池田は超常現象研究サークルの顧問となった。